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大肝入(旧吉田家住宅)と玉山金山

藩政時代、ここ気仙は伊達藩の直轄地であります。その大きな要因は玉山金山等豊富な金の資源があったことが想像されます。

1613年(慶長18)に支倉常長の遣欧使節団が、「サン・フォアン・バウチスタ号」でスペインに向けて出航しますが、資源豊かな黄金の陸奥王国(伊達藩)の大使としてスペインやローマを訪れています。

これより20年前、1593年(文禄2)ここ玉山金山に豊臣秀吉の命により伊勢松阪市から松阪家(頼朝から所領もらう)の子孫、初代松阪新右衛門定久が公儀物書役として来ております。

1597年(慶長2)伊達政宗の命で、御金山下代となり、伊達領内の地下資源全般(金銀鉱山の管理から温泉に至るまで)の管理を任され、気仙郡全般を任された吉田家大肝入りと共に明治初期まで気仙郡での重要な役割を成しました。

2011年(平成23)3月11日、そのような歴史ある建物でありますが、東日本大震災の大津波により全壊し現在再建が進んでいる所です。

日本遺産「みちのくGOLD浪漫」では、この復旧現場の見学と玉山金山の水晶採取体験のツアー(第五回)を2023年(令和5)7月8日(土)に開催致しました。

(参考)

「藩政時代の気仙、今泉、そして、大肝入の吉田家」 今野文彰氏






今回の水晶採集場所は、玉山金鉱山㈱様の管理地内であり竹駒牧野にある玉山金山遺跡群とは別の場所となります。また、体験する為には許可が必要となります。


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